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東京新聞 8月16日(日) 8面 暮らし欄
家族のこと話そう
亡き父語る母 物書く根本
平野啓一郎さん 小説家
一歳のとき、父親が亡くなりました。繊維会社に勤めていたんですが、心筋梗塞だったのか急に心臓が止まったそうです。三十六歳。人間は突然死ぬ。父親の死が僕の死生観に強く影響しています。胸に手を当て心臓の鼓動のドクッというのを感じると、次の一拍が鳴る保証ってどこにあるんだろうと考える。どこにもない気がするんです。今の一拍はあったけれど次はなぜ鳴るのか、鳴らなかったら死ぬのか。考えだすと、人生ですべきことの優先順位を考えざるを得なくなる。早くやらないと不安なんですよね。
父親のことは全く覚えていません。写真とゴルフのフォームをチェックするために映した8ミリの映像と、カセットテープに吹き込んだ声だけ。母親によく父親のことを聞きました。聞くのが好きだったし、何で父親が死んだのか不思議だった。母親はいろいろ説明しようとするんです。何で人間が死ぬのかって難しいことですが、母親はわかりやすく愛情をもって語らないといけないという考えで、伝える努力をしてくれました。これは僕が言葉を使うときに影響を与えました。伝わらないかもしれないけれど愛情を持ってどうにか伝えようとすることが、物を書く上でも根本のところにあるんです。
父親が亡くなった後、母親は北九州市の実家に戻り、特定郵便局長の資格を取りました。その試験勉強で図書館に通っていて、僕もついていって本を読んでいた。それが僕が本を読み始めたきっかけです。母親は父親役をどう演じるか、苦労があったと思います。母親自身は野球なんなしたことはなかったのに、キャッチボールをした記憶があります。マザコンに育ててはいけないという思いが強く、旅行に行っても、母と姉は同じ部屋で、僕だけが別の部屋でした。大学時代に文芸雑誌「新潮」に小説が載ったときは驚いていました。僕がひそかに司法試験の勉強をしていると思っていたらしいんです。芥川賞には喜びました。何とか食べていける、という感じを持ったようです。
家族をテーマに書いていこうと小説家になったわけではないんですが、家族の問題は作品の中で大きな比重を占めています。人間って、遺伝と環境の交差点みたいなところで形作られていく偶然の産物で、家族は遺伝と環境をあわせた最小単位。どういう遺伝を受けるのか、どういう環境で育つのかは大きな影響を持つ。家族は、できればストレスなく生きられる場所であるべきです。家族といる時の「自分」が生きる上での足場になるようなものであれば、学校でいじめられても世の中で嫌なことがあっても、そこをベースに生きていけますから。
ひらの・けいいちろう
1975年愛知県蒲郡市生まれ。
23歳のとき「日蝕(にっしょく)」で芥川賞。7月に「ドーン」(講談社)を出版。ほかに「葬送」「決壊」など。妻はモデル、デザイナーの春香さん。
(聞き手・杉戸祐子)